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科学の進歩と神々、自然

 2011-05-03
科学技術の進歩と神々の御心

古から人々は、科学者はいろいろなことを発見し、その技術が、開発が
人々の生活を豊かにしてきたことは言うまでもない事実である
その一方で、科学の進歩や開発に伴いいろいろなものが作られ、あるいは
壊され、その副産物によってさまざまな負の影響が出たことも事実である

山を削り木々を切ることによっておこる洪水や地滑り、海への土の堆積
動物たちの生活域の減少とエサ不足による、山里の野生動物問題
高度成長期には、次々に引き起こされた公害問題、水質汚染や大気汚染
による公害病など

もののけ姫の中で“俺たちは木を切って山を削るから山の神々が怒るんだ”
“人と森(自然や神々)が共存する道はないのか?”
というセリフが昔、とても気になったのを覚えている
確かに開発と自然破壊がほぼイコールであったのが高度成長期だった

今ではEco活動やいかに環境アセスメントをおこなって開発するか?
と言うことが前提に開発が進められている・・・と言うのが建前ではあるが
実際には、開発ありき!そのための環境アセスメントになっている節もある
科学技術の進歩もその利用も、同じことが言えないだろうか?

科学の進歩はなくてはならない重要なことではあり、すべてが問題ではない
しかし一部にはきちんと危険性を認識した上で利用すべきものもあるはず
安全だという裏付けの為のデータ作成、危機管理がされていては科学の間違った
応用に繋がり、緊急時の対応の遅れや重大事故につながることも想像に難くない

原子力はその中のほんの一つではあるのではないだろうか
人間の英知は素晴しいものかもしれないが、所詮 人間は自然界の中でしか
生きられない小さな存在にすぎない事を自覚しなくてはいけないのではないか

原子を操作してありえないエネルギーを取り出したり、遺伝子や細胞を操作して
自然界には存在しえなかった物や命を作ったり・・・
すごい技術ではあるけれど、どこまで手を出していいかのモラルが問われる

そんな人間の傲りや自然破壊を繰り返し、神々の領域まで壊し利用してしまおう
とする冒涜に対しての神々の怒りが何らかの形で表れているのかも?
なんて言ったら、こんな時期に不謹慎だ!とお怒りになる方も多いだろうか?

石原都知事の“大震災は天罰”発言は論外としても、その後の原発事故問題は
そんな人間への神々の怒りの表れでなければいいのだが
いつの時代でもどの事例でも、神々の怒りを被るのは開発した科学者ではなく
一般の多くの人々、古の世からそこに住む民なのだから・・・

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