スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

大河ドラマが熱い?

 2013-02-11
八重の桜と会津藩の歴史

元々戦国時代?それ以前から?だったかな?
そもそも会津は長年会津の国主で名門の芦名氏の居城でしたね
郡山出身の女優さん“芦名星”ってその血筋だったり?

戦国時代に急速に勢力を伸ばしてきた、米沢の伊達正宗が
北方をのライバルたちをねじ伏せたのちに、南下して領土を広げ
名門・芦名氏を破って福島県の地ををほぼ完全支配し
(一時は白河あたりまで)秀吉のお怒りに触れて取り上げられた

結局はその後のドタバタの後、家康に仙台へお国替えされることになって
会津は家光の代に、二代将軍 秀忠のご落胤(非嫡出児、家光の腹違い)で
有能で忠誠心の強い幕臣、保科正之に抑えさせたという経緯があった

松平と名乗ったのは将軍・家光から名を授かったものだけど、息子の代からと
保科氏は育ての親を立てたという話は有名で、その人柄を後世に伝える

その事もあり、保科正之の家訓として、恩義のある将軍家には絶対服従!
という重たい絶対的な鉄の掟が、幕末の会津の判断・運命に影響してしまった

昨日のNHK 八重の桜でも、なぜお役目的にも割に合わない上、17万石の大名が
一国で背負うには重すぎ、火中の栗を拾いに行くような選択をしたのか
その深い葛藤と苦渋の判断、重い覚悟が描かれていて、胸をつかれた

その決断があったからこそ、結果的には火中の栗を拾うどころか、
戦火の真っただ中にお国を引き込んでしまい、お国の運命を変えてしまった
忠誠心の強い真面目な会津藩主・松平容保(かたもり)の苦悩は察するに余りある

“強いものはいつかは憎まれる”
正義を通すためとはいえ、お上のご意向とは言え、
不満分子やお役に付きたい浪人たちが多数集まって治安の悪化した京の都
治安を維持し他国をけん制し、幕府の力を見せつける槍と盾の役目だから

“幕府と運命を共にするのが会津の定め!”
薩摩・長州と結託する朝廷の勢力に、最後は幕府とともに賊軍として扱われ
討幕派との戦闘の矢面に立ってしまった
その中で過激な新撰組も、会津藩の一部として歴史上台頭くるのだが・・・

それぞれの運命の積み重ねが歴史になるのだけれど、
乱世に一旗揚げる勢力もあれば、使い捨てされる勢力も多かっただろう

また、誠を持って筋を立てて行動していても、過酷な運命に翻弄されるものも
こういう乱世ではよくあることなのだろうけど、なんとも切ない
これから、会津は女子供までどんどん幕末の嵐に巻き込まれていくだろう

その中での会津の女性の悲しみと強さを八重さんを通して見せてくれるのだろう
毎週の放送が楽しみでもあり、重苦しく悲しくもあり、心穏やかではないが
観ずにはいられない・・・そういう気持ちでいっぱいの今日この頃でした

ちなみに、今や八重の桜人気!で観光もかなり増えている様子
綾瀬はるかの銃を持ったポスターは目に焼き付くほどカッコいいが
テレビ局にも問いあわせが途切れれないとのこと

この勢いで、震災後に放射能問題もあり、重い空気がぬぐえなかった福島
少しでも勢いを取り戻せれば、光をさしてくれたらと祈りながら・・・
このタイミングで八重の桜が大河に選ばれたのはある意味運命のいたずらか?

スポンサーサイト
コメント
私は歴史が苦手なのですが、先生のお話はわかりやすかったです。
また会津の歴史?や大河の八重の事?等、お話下さるとうれしく思います。
【2013/02/12 03:47】 | #- | [edit]
そう言ってもらえると嬉しいですね

単なる歴史マニアだけなんですけどね

“歴女”なる言葉がありますが、さかのぼること
30有余年ほど前から(笑)
【2013/02/18 00:27】 | ドクター石原 #- | [edit]












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://ishiharashinkei.blog93.fc2.com/tb.php/1151-53dc5bf4
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。